蒔田正美歌集『帰一』

秀麗なる富士山詠

 日々の暮しのなかに富士山があり、富士が見えるのは、どのようなものなのだろう。富士を見ることは、富士から見られていることでもある。それは精神になんらかの作用を及ぼすものなのか。ながい時間をかけて、日本人の心性にふかく根づいてきた富士。その富士山だけを題材として編んだ、めずらしい歌集が、この『帰一』である。 ――中略――自然に作者のなかに入ってきて、いつのまにか短歌が出来ていた、という成り立ちは自然体で、さまざまに摂取をしながら、構えもはからいもない。みずからの眼とこころが捉えた富士詠である。それゆえにすがすがしく懐かしい。きょうの作者の眼に、どんな富士が映っているのだろうか。(源陽子・跋より)

・ただ一度/われは幼く/富士をみて/父と行きたる/メリー・ゴー・ラウンド
・目をとじて/思えることの/美しさ/花のかおりに/富士うちけむる
・帰一(きいつ)滝/とどまらざれば/うちさわぐ/青葉を富士へ/ほととぎすわたる
・あまたなる/ことばあふれて/帰りゆく/富士の美空に/万葉集に
・稲の香の/するところにて/しばしおり/富士のかおりを/おもうなりけり
・富士みゆる/草野につゆの/ひかりあり/この充実を/人に語らず
・るりいろの/みなもにうつる/さかさ富士/さざなみたてて/かおるつかのま
・富士をおもい/うたのなかにて/ねむる夜は/こころにつづく/夢の橋みゆ