岡一輻ひとりごと集『能登の七輪 燃えたり消えたり』

能登の鳶のひとりごと、徐々に身の五感が衰えてきているのに、いつまでも生きるなどと高く飛んでいるのだろうか。奥能登からでてきて、都会の空を飛びまわったり、また能登に戻ってみたりして、繰り返しの暮らしを重ねてきたものだった。この書には、平成の終わりの年までに、書きつけてきた、能登の鳶の見聞、あれこれ、これあれの文章のなかから、拾いあげたものを連ねてみた。それは自己照射の作業のようなもの。 (あとがきより)

「親しみのある手拭い」より一部抜粋
里の能登を想うとき、長屋住まいと、手拭いをかぶった母や姉、婦人たちが浮かびあがってくる。また腰手拭い、首手拭いをしている男たちが浮かんでくるのが不思議なことだ。日本人と切り離せない風景のひとつだった、ということなのかも知れない。夢とか希望とかとは繫がりようのない景色を示しているようだ。そんなものは嚙み砕けば、口のなかで苦い味がするだけのようだ。