日誌(2018年12月27日)

2018/12/27

 午前中仕事をしていて、どうにも腹が減って困るなと思っていたら、朝から何も食べていなかった。昼食を買いに行くついでに、一番近所にある古書店「古書 花鳥風月」の外棚をのぞく。

 吉行淳之介『猫踏んじゃった』(角川文庫、昭和50年)
 小川国夫『悠蔵が残したこと』(角川文庫、昭和53年)
 内田百閒『御馳走帖』(中公文庫、昭和54年)
 吉田健一『書架記』(中公文庫、昭和57年)

以上50円。他に、

 新村出『橿』(靖文社、昭和15年)

は300円。久しぶりに店内に入り、店主のおじさんといろいろ話す。北原白秋が好きだと知る。
 今夜は小川国夫を読んでみようと思う。
 盛林堂書房で、

 岡本かの子『深見草』(改造社、昭和15年)/函壊、100円

を拾う。かの子は昭和14年2月に急逝しているので、これは没後出されたもの。生前「牡丹」に喩えられたかの子を想い、その別名「深見草」を歌集名としたものである。跋を岡本一平が書いているが、かの子を終始「女史」と呼んでいる。
 昭和4年に『わが最終歌集』を出して短歌と別れ、小説を志したかの子だったが、実際には歌を詠み継いでおり、しかも歌集名にまでして別れると決めたものを覆したということを、彼女自身は内心深く責めていたのだという。だから、以後歌集は出さず、歌は随筆集に挟み込むという流儀を通していた。そのあたりの事情について一平の思いを語っている。
 装釘に用いた図柄は仲田菊代の作。画家の仲田好江の改名前の名である。一平は、

女史の眠前、私は女史の體格に似合ふ着物を夫人に一度考案して頂かうかと思つてゐたが果さず、この歌集の装幀に於て果したわけである。

と記す。「女史の體格に似合ふ着物を」などというところ、彼の優しさを感じる。