日誌(2018年12月28日)

2018/12/28

 独立して最初の一年が終わろうとしている。本日を最終営業日とする。陰に陽に支えてくださる皆さんのお蔭でゆっくりだが自由に出版活動ができたことに感謝したい。
 
 最終日になんだが、ネットなどで購入した古書が届く。

 森田義郎『短歌小梯』(一ニ三舘、明治39年)
 片桐顯智『明治短歌論』(人文書院、昭和14年)
 新間進一『明治大正短歌史』(東京堂、昭和23年)
 五味保儀『短歌寫生獨語』(椎の木書房、昭和26年)
 佐藤佐太郎『童馬山房随聞』(岩波書店、1976年)

 すべて100円から200円。今更な本ばかりといえばそうなのだが、うれしい。なぜこんなことをいつも書いておくかというと、何を買い、何を所持しているのか、わからなくなっているので、一つの忘備録のためである。それから著者名、書名、出版社名、発行年の些細な記述だが、紹介の意味も兼ねている。何か必要なものがあったらお貸しする準備も出来ている。要は小さな個人文庫を作り上げているのと同じことである。いずれは書籍目録という形で利用の便をはかりたいと思っている。
 なぜ古書蒐集をしているのかというと、一番は私の唯一の道楽だからなのだが、病膏盲に入るという気味はある。しかしあまり金のかからない良い病で、心に平安をもたらす。それから研究のため。なにぶん読まれなくなって久しい歌集歌書は数多いので、いずれ今まで書いた分も含め、戦前篇として一冊にまとめようと思っている。もう一つは仕事のためで、引用文の校正に使用する。もっとも、あまり引用されない本を集めている可能性があり、実際これまでに活躍の機会はほとんどないが、いつ何がどう役に立つかわからない。書物とはそういうものだろう。
 今年の反省点としては、ご恵送いただいた歌集歌書や雑誌を紹介できなかったことがある。来年は返礼の意味も兼ねてなるべく記録していきたい。戦後以降の歌集歌書の記述も少なかった。戦前に比べると関心が薄いようにみえるかもしれないがそうではなく、手が(金が)まわらないのと、私自身の作歌に関係することなので、ある種の偏りが出て来るため、記述を控えているのである。
 個人的なことを記すと、昨年長く在籍した「古今」の福田龍生先生のご逝去があり、無所属となってしまった。「古今」終刊の責任は私にもあるだろう。本来私が編集等を継続すれば出来たのかもしれないが、独立と重なってしまい、経済的に自信がなかった。独身であれば出来たが、家族のことを考えると難しく、私事を優先させたことは申し訳ないことだと思う。それから、福田栄一、たの子、龍生と、福田家に関わる方々を中心として運営されてきたことを重視し、この際終刊とすることが筋として望ましいとも思った。元来私は血統主義には反対なのだが、それによって守られるものもあるだろう。いずれにしても、どちらかの立場を厳格に守るべきだと考えていたので、その意味ではこれで良いと思う。また、極々小さいながらも歌壇の公器たるべき立場にいるわけだから、私自身は特定の結社から支援を受けるつもりもないし、自分も無所属でいる方が煩いがない。このあたりは、いささか理想に走り過ぎた感があるし、不利益もあるのかもしれないが、心の清浄を第一に考えておくほうが長い目でみれば良いのではないかと思う。連帯より孤立を選んだわけだが、孤立からあらためて連帯を生んでいくという道ともいえる。身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれということだ。
 来年計画している些事もあるが、実現できるとよいと思う。
 正月は帰省せず家族三人で過ごすことにする。息子に将棋を教えたい。私も小さい頃から好きなのだが、見る方が主である。装幀家の山崎登氏も好きで、一度事務所で平手で指してもらったらあっさり敗れた。弱すぎるとのことで、来年はもう少し強くなりたい。定跡がしっかりしていないのだから弱いのも当たり前だが、せめて受けの棋風を攻めの棋風に変えたいと思う。
 明年は1月4日から営業致します。良い年末年始をお迎えください。皆さんご健詠を。