石原純と心霊研究

2019/03/17

  長田幹彦の『霊界』(昭和28年、大法輪閣)には、石原純が二か所に出てくる。
  一つはおそらく戦前のこと、「いつか、あの相対性原理の大家の石原純博士なぞも同じことをいつて、それ以来、熱心な研究家の一人になつてしまつたのであります。」という箇所。「同じこと」というのは別の科学者が、科学者でありながら心霊現象を見た時には検証もせずに信じ込んでしまって恥ずかしい、というような発言のことである。
  もう一つは、「昔は、石原純博士の方式によりますと、犬をつなぐ鎖で全部手から足から肩まで椅子に縛りつけて、それに一々封印をしたような、厳密なやり方もしましたが、それでも現象ははつきりおこるのです。」という箇所。降霊会において、霊媒が「縄抜け」しないようにいろいろ工夫して監視するわけだが、その石原純方式の話。
  西尾成子『科学ジャーナリズムの先駆者 評伝 石原純』(岩波書店、2011年)をざっと見たところ、石原純と心霊研究の話はないように感じたが、「科学」(1941年8月号)の巻頭言「科学と芸術」が要約されている。それによると、科学における未知の領域に進もうとする場合は、極めて卓抜な直観的能力、一種の霊感が必要である、と言っているようだ。
  長田の記述によれば、彼の超心理現象研究会の前身は昭和13年頃に岩波茂雄や倉田百三らと作った会だったらしいが、昭和16年に石原純がこのような発言をしているならば、すでに長田らの会に関わっていたのかもしれない。
  石原純の「新短歌」、誰か霊感的な側面から論じてくれないだろうか。

※追記
 その後、長田幹彦『霊界五十年』(昭和34年、大法輪閣)を見ていたら、やはり石原純が出て来た。岩波茂雄、小田秀人、その他十数名の人々と一緒に長田の事務所で開かれた降霊会に出席している。ただし、いま一つ年代が確定できない。ちなみに長田の心霊研究の始まりは大正3年頃からだという。