「食(を)す」のこと

2019/12/19

 ながらみ書房から「短歌往来」1月号が届いた。雑誌はすでに来年に入っている。当たり前だがいつも或る感興を催す。
 特集は「現代うた枕 海外編」ということで、私もイランの歌を寄せさせていただいた。ありがとうございました。しかし、私はここで大きな過ちを犯してしまった。そのことを記す。
 実は私の歌5首のうち、1首目の結句は「旅の飯(いひ)食(を)す」である。これは問題であった。「食(を)す」は〈めしあがる〉〈食し給う〉の意味であるから、自分自身の行為に対して用いるのは誤りである。原稿を送付してからしばらくして、私の意識にこの「食(を)す」の事がなぜかずっと上っていた。変だな、なぜ気になるのだろうか、と訝しみ、進行中の歌集にその語があるのではないか、と思った。あらためて閲してみると、やはり1首あって、それは他人の行為に対して用いられているので、その事を確認し、やや安堵した。ところが、その後もどうにも意識の上から「食(を)す」が去らないのである。もう1首あるのか、とも思い、すみずみまで見ても無い。おかしな事もあるものだ、と思っていると、「短歌往来」1月号が届いた。さっそく見てみると、自分が使用していたので呆れた。と同時に、ずっと気になっていたのは自分の歌の事だったのか、と、自分自身への執着に再び呆れたのであった。
 言い訳するのではないが、この「食(を)す」は斎藤茂吉の『赤光』以下の歌集にある。佐藤佐太郎『斎藤茂吉言行』(角川書店、昭和48年)の昭和18年2月11日の記事では、佐太郎や山口茂吉に、自らの歌集から「食(を)す」の用例を捜させ、その後『童馬山房夜話』で論じている。つまり茂吉はこの語を気にかけていた。

 おのが身しいとほしければかほそ身をあはれがりつつ飯(いひ)食(を)しにけり  『赤光』

などがある。これは金田一京助に批判され、その反論が上記の『童馬山房夜話』なのであるが、その後、茂吉は「食(を)す」の使用を控えるようになってゆく。ただ、最終歌集の『つきかげ』に至っても、

 わきいづる清きながれに茂りたる芹をぞたびし食(を)したまへとて  『つきかげ』

などと使っている。批判を気にしつつも、やはり執着はしていたものか。その他、土屋文明などにも用例が見られる。何も茂吉、文明の名を借りて自作を正当化しようとは思わないが、最近ではあまり使う人がいない語でもあるし、私自身は誤りと認めているので、他山の石にしていただきたい。