戦前の草柳繁一

2020/01/20

 明日は草柳繁一の誕生日である。
 もう二年前のことになるが、現代短歌社から草柳繁一歌集『胡麻よ、ひらけ』が文庫版で復刊されたことは、私にとって秘かな喜びであった。稀覯本に属する同歌集が文庫で読めることはうれしいことだ。
 ところで、草柳繁一(1922-2017)は同人誌「泥」(1958-1964)との関わりが印象深いが、結社に属さず無所属で活動していた歌人というイメージが強い。それが草柳の歌にもふさわしく感じられる。ただ、戦前は「アララギ」や「短歌人」に短い間在籍し、戦後は宮柊二を中心とする「一叢会」にも参加している。「一叢会」はやがて「コスモス」へと発展していくのだが、草柳は「コスモス」という結社を選ばず、同人誌「泥」のほうを選んだ。自ら「変梃な歌人」と言っているように、歌壇では稀有な存在として若い頃の私も秘かに敬慕するところがあった。
 以上のことは角宮悦子「草柳繁一さんのこと」(全6回)として「横浜歌人会」のホームページに掲載されているから、詳しくはそちらを参照していただきたい(yokohama-kk.art.coocan.jp/kajin/index.html)。昭和14年、「短歌人」の木下立安邸に入っていき、「短歌人 第一回短歌会」の記念写真におさまってしまうくだりなど、草柳の人柄が髣髴し、ほのぼのとした気分になる。
 ところで、私のほうの話だが——。「短歌研究」昭和15年11月号を何気なく見ていたら、「推薦短歌」(読者からの投稿歌から秀歌を掲出し選評を加えるもの。この号の選者は定型は太田水穂、吉井勇、川田順、非定型は前田夕暮である。)の欄に、太田水穂選の二首目に、18歳の草柳繁一の歌が選ばれていた。

 風に逆らふ蜻蛉はしばし空間の一つところに己れを保つ 草柳繁一

というのがそれで、水穂は選評で、「蜻蛉の特性をかう描き出されると、くすぐられるほどの感覚になる」と述べている。「くすぐられるほどの感覚」というのは、その後の草柳の歌を読む時にたびたび感じることで、さすがに水穂はうまいことを言う。私自身は、おそらく2000年代の「短歌現代」だったと思うが、股座に手を挟んで寝る、というような草柳の歌を読んで、同じような気持ちになったことである。
 戦中の草柳繁一少年が蜻蛉を見つめている姿を思い、少し感傷的な気分になった。草柳よりずっと若かった角宮悦子さんが2016年に、その翌年に草柳自身が亡くなった。謹んで御二方のご冥福をお祈りする。