大塚健歌集『言ふいふ川』刊行

2020/06/10

 大塚健氏の第六歌集『言ふいふ川』を刊行した。星雲叢書第29篇。装釘は平本祐子氏、装画は阿部龍一氏にお願いした。黒に近い濃紺に金箔で文字と絵が押してある。帯はないが、シックな色調のよい歌集になったと思っている。
 大塚氏の歌集については、前歌集『経脈』(ながらみ書房、2015年)上梓の折に当時担当させていただき、今回もお世話になった。感謝申し上げます。その『経脈』の書評を「星雲」誌に書かせていただいたことがあるのだが、端的にいって、私自身が大塚氏の短歌に強く魅かれてきたので、その歌についてあれこれ記すことが難しい。ただただ、その論理と倫理のなかに苦いペーソスや柔らかなユーモアのある歌を愉しみ、自分の歌を自戒の気持ちをもって眺め直したいと思う。各章から5首ずつ引く。

〈Ⅰ〉
・丁度とはゆかぬところで妥協する楽ではないが苦でもなし世は
・ありきぬの宝ものともおぼしきにうち棄つる断くだしたりしか
・うはずみを掬ひとる癖つきたれど底ふかく刺すするどき匙を
・プロポとふところを得たるペン先の走りて生まれいづる論攷
・問題は多寡にて欲のなきものはひとりもあらぬ風のかよひ路
〈Ⅱ〉
・泥沼と化したるあたり修復をせむにちからをもてすべからず
・隙だらけなりと見せつつ案外と攻め口なしといふが理想か
・なになに派ならねば人にあらざるがごときは今もありて潭なす
・おとがひで薔薇を掘るやうだといふは祖母が評せしわれの顔貌
・みづからが負けを認めて負けとなる世界はゆるいとも言ひ難し
〈Ⅲ〉
・おもしろくなき一生のをりをりにさし挾まるる薄きよろこび
・雨霧かさうでないかはある程度かたみに分かりあひつつ対ふ
・おくゆきのなき明るさとさげすめどここまで明るければ屈しぬ
・たひらかにしてななめなる川の面そひてあゆめばとほし世界は
・混戦にもちこむまでにつひやせる労が最後の詰めを欠かしむ
〈Ⅳ〉
・のみどまで溢れさせてはこの水も逆効果にしなりぬべきかな
・花びらの吹き溜りなす径をきて何かかなしき息ひとつする
・逃げ場ではなくていくさ場でもあらぬ追憶の川をどめるあたり
・はらわたは重荷を負へるゆゑ腐るくさらずにあれその骨ぐみは
・雨しのぎ風もしのぎてきたれども耐へざらめやもこの沈黙に
〈Ⅴ〉
・水脈をたどればおのが生ひ立ちにいたらむものかゆふぐれの水
・うつすらと覆ひそのまま去りゆかぬ雲のやうなる身に抱きたり
・この川の水も一枚ではないと見るときこころさわだちはじむ
・間違ひををかすは神にあらざれば否神にしてをかしたまへり
・これ以上遠くへゆかぬもうすでに遠くゐるもののみがさう言ふ

 贅言は不要であろう。大塚氏の初期の歌集を私は知らず、また、経験も知識も乏しい私が言うのもおこがましいが、よくこのような形に自分の歌を高めてこられたと思う。出版人としては良い歌集を出せたことを悦ぶばかりだ。在庫僅少ですので、もしお読みになりたい方は早めにご連絡ください。