鈴木りえ歌文集『笹舟の行方』刊行

2020/07/10

 鈴木りえさんの第四歌文集『笹舟の行方』を刊行した。解説・帯は谷岡亜紀氏に、装幀は船津朝子氏にお願いした。カバーの百合の花は、著者自身の描いたものである。
 鈴木さんとは、以前第三歌文集『夕映えの湖』の時にご縁をいただき、今回第四歌文集上梓のお手伝いをさせていただくことができた。感謝申し上げます。
 本書は、鈴木さんの短歌とエッセイを集めた歌文集である。短歌については解説の谷岡亜紀氏によって懇切な鑑賞がなされているので、贅言を尽くすまでもないが、歌についても文章についても、何気ない表現のなかに、適格な視点と機知のひらめきが見られることが特色である。

・曲がり角のミラーに映る富有柿昨日(きぞ)より更に赤みを増しぬ
・連休の渋滞を過ぎ千年をとどろき落つる滝にまみゆる
・片方の手袋失くし片方の靴下いでし春の月夜に
・北国の聖夜は雪にうずもれて仮設の住宅みな点したり
・「原爆忌」の季語にも慣れし八月よ夏場所に沸く老人ホーム

 文章については、鈴木さんが長年にわたって習慣のように書きとどめてきたエッセイで、読み易く話題豊富で、それぞれの体験でうけた新鮮な驚きや抒情的な回想が、読者を惹きつける。エッセイの中でやはり出色なのは、表題にもなっている「笹舟の行方」や「茶店のおばあさん」だと思う。太平洋戦争末期に福島県熊倉村に疎開した幼い作者と母と兄、三人を温かく迎えてくれた土地の人々のことを描いたもので、大きな事件はないのだが、母と食べた草餅の話や小川に流した笹舟の話など、戦時中の少女の明るく澄んだ、それでいて少しさびしげな心を感じることができ、何度読んでも涙ぐましくなるような文章である。鈴木さんがその後、『昭和萬葉集』を機縁に短歌に関心を持ち、「心の花」で現在まで作歌を続けられていることの、底流にある思いを感じることができる。戦争末期の少女が経験した小さな出来事を私はいつまでも心にとどめ、不戦の思いを深くしようと思った。
 胸の打つ鈴木さんの文章をご一読くださればありがたい。