久保田紀子歌集『合歓の木』刊行

2020/09/01

 久保田紀子歌集『合歓の木』を刊行した。装幀は平本祐子氏にお願いし、「朝霧」主宰の山村泰彦氏に懇切な序文を寄せていただいた。感謝申し上げます。
 著者は「朝霧」同人で、結社賞も受賞され、歌歴の長い方だが、本歌集が第一歌集となる。もともとは京都のご出身だが、信州松本に嫁いでこられ、それからの生活が歌集の中心となっている。多年にわたる作品の集成なので当然かもしれないが、歌材の広さが著者の人生の豊かさを物語っているような気がしてならない。それらの多くは、私たちの日常に寄り添っているはずのものだが、それを歌に掬い出すのは、歌人それぞれの眼力に拠るところが大きい。
 歌集の中で最も感動的なのは、いまだ若かった御子息を失った際の挽歌であろう。その痛恨の思いは歌としてみごとに昇華されている。他の歌からは、明るさや華やかさといった印象を受けるのだが、このような深い悲しみを胸に抱いた人の観照的な態度も、自然詠を中心として随所にうかがわれ、それが、山村氏のいわれる「知的抒情」に繫がっているのではないか、というのが私見である。

・大木の合歓のかたへにわれも犬も住みてほろほろ花を浴びゐる
・合歓の木の高き梢に巣のあるらし日がな鳴きしがいつか消えたり
・ゆたかなる枝葉ひろげてねむの木の花こぼす夕べ祈り湧きくる
・この家に共に古りきて合歓とわれ同志の思ひに幹に寄りゆく
・一途なる君の思ひに遠くきて深く根を張るわれは合歓の木

 著者のご自宅の庭に立っている合歓の木が歌集名の由来で、一日のうちに何度もその木を眺めるがあるのだと思う。
静謐な祈りとともに、芯の強さが感じられる歌もある。最後の歌は、司法界での仕事に情熱を傾けられている御夫君の一途さに惹かれ、遠く信州まで来た著者が、紆余曲折を経ていつしか庭の合歓の木のように、土地に根を張っていたことへの、自祝の思いでもあり、安堵の思いでもある。
 久保田さんがこれから咲かす花は、どのような花なのだろうか。その行方を見守っていきたい。